幸いにも私宅は損傷無く、ただ、電気・ガス・水道のインフラが止まりました。
旧勤務先から卓上コンロが送られたり、身内の小まめな給水に助けられて凌ぐことが出来ました。
ここに掲載した写真は、交通手段が寸断されて、行動に制約があったため、3週間後に撮影したもので、
震災直後の惨状はご想像ください。
又被害の大きかった都心部、特に長田町ではシャッターは切れませんでした。

徒歩、寸断された私鉄を乗り継いで降り立った青木駅前



倒壊した旧家



椅子の上に花が手向けられていた



後片付けの後



座屈したビル



完全倒壊



転倒した民家



やっと支えられたお店



銭湯の煙突も横倒し



灘の生一本の醸造元も消えた



灘の酒蔵も



灘の醸造元 酒米の籾



駐車場も陥没



東神戸フェリー埠頭も壊滅



ボランチアが給水を開始



液状化で陥没し地割れ



間一髪



間一髪



湾岸線も



寸断された湾岸線



液状化した摩耶埠頭



地方からの救援活動が始まる



温かい炊き出し



炊き出し支援に感謝



ボランチアの理容師さんも



支援物資も到着



緊急援助物資



支援基地



安否確認も






整理が進むにつれ廃品の山



廃品処理場に急ぐ車の列



倒壊寸前の我が家の修理に懸命



危険を顧みず我が家を修理



校庭に仮設住宅の建設を急ぐ



手向けられた花束



ここからは一年後の長田町・復興の兆し



地場産業の靴製造に必要なのミシン屋



被災者用マンションも



寅さんも応援に



一周忌のお供え 合掌



1・17「希望の灯り」2011年3月撮影



神戸1・17希望の灯り碑文




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